人材活用事例 「わが社の"いいね!"」

2023年03月17日

#人材不足#女性・主婦#育成・定着

「不満解消だけでは組織は機能しない」離職率の改善だけでなくスタッフが自律する組織改革に成功

東野産婦人科医院

今回クローズアップする人材活用の事例は「東野産婦人科医院」

給料を上げた、休みも増やした。それなのに従業員がどんどん辞めていく…そんな悩みを抱える企業も少なくないでしょう。
人材不足の問題に直面していた福岡市の東野産婦人科医院は、ある取り組みによって離職率の改善に成功しました。取り組みの効果はそれだけでなく、スタッフ個々の自律を促し、サービス品質向上にもつながったそうです。
その取り組みの成功に至る工夫についてコーディネーター(総務主任)の谷口さんに伺いました。

  • ● 社名/医療法人 愛成会 東野産婦人科医院
  • ● 創業/1960年
  • ● 事業/妊娠・出産・育児の一貫した医療サービスの提供
  • ● 本社所在地/福岡市中央区草香江2丁目 2-17
  • ● 従業員数/90名

「東野産婦人科医院」の事例から学ぶ人材活用のポイント

「東野産婦人科医院」の事例から学ぶ人材活用のポイント

出産後も働ける環境は整えたのに、今度は若手がどんどん辞めていく…

産婦人科という職場柄、スタッフのほとんどが女性で構成されている東野産婦人科医院。今から15年ほど前、ちょうど一人前になった頃のスタッフが妊娠とともに退職していくという問題を抱えていました。
「当時は、女性の社会進出が当たり前になった一方で、全国的に今より待機児童問題が深刻な状況でした。出産後に職場復帰したいと希望していても、子どもを預ける場所がなく、復帰が現実的ではないという理由で妊娠を機に退職したスタッフもいました」と、谷口さんは振り返ります。

そこで同院は、出産後も安心して働くことができるようにと、スタッフも利用できる直営の託児所を院内に併設することを決めました。

他にも、育児しながらでも働きやすいよう、時短勤務やフレックス勤務の制度も新たに導入。また、子育て中のスタッフの働きやすさを進める一方で、それ以外のスタッフのケアも重視しました。子育て中のスタッフはなかなか休日や祝日に勤務できないことが多く、それ以外のスタッフに休日・祝日勤務の負荷が偏ってしまうため、新たな手当を新設し、子育て中のスタッフとそうではないスタッフのバランスを意識して、どちらにも働きやすい環境を整備してきました。

託児所

出産後に復帰でき、育児をしながらも働ける環境が整った頃、新たな問題が発生します。
新しく入社したばかりの若手スタッフがどんどん辞めていき、続かないのです。総師長の清田 哲子さんは「定年退職まであと10年、若手を育成できていない」という危機感を感じたそうです。

組織改革により、若手の意見を吸い上げる仕組みを導入

若手スタッフが辞めていく理由として思い浮かんだのは、当時の組織運営の在り方でした。

「当時は、組織図があってないようなもの。トップダウン型の組織というのでしょうか…毎月1回、主任以上が参加するカンファレンスがあって、そこでの決定事項が下ろされますが、若手スタッフの意見が反映される風通しの良い環境では決してなかったと思います」

若手スタッフを育てるためには、彼女たちが数年後の働き方としてイメージしやすい中堅スタッフに活躍の場を持たせることが重要だと考えました。そこで、ベテランスタッフが長年主任を担ってきたところから、30代の中堅スタッフを主任として新しく任用。また、その過程で、今後も公平な評価のもと適切なタイミングで適切な人材を任用していくために、人事評価制度も新たに取り入れました。

中堅スタッフを主任に任用したことで、若手とベテランの潤滑油として活躍しており、若手の意見を吸い上げやすくなったようです。

当時は、コロナウイルス感染症拡大とも同時期であったため、チャットツールも新たに導入。これまでは月1回のカンファレンスでしか議論されなかった状態が、「カンファレンスに上げるほどでもないけど…」というちょっとした発信・意見交換が増えました。

また、スタッフ間のツールの導入だけでなく、患者さんやその家族向けにも「オンライン面会」の仕組みを導入したタイミングだったため、そういったツールに明るい若手スタッフが、積極的に組織に関わってくれることも重要だったようです。

業務の役割・ミッションを明確化し、スタッフの自律を推進

こうした取り組みを通し、スタッフの声を吸い上げていく中で多く上がってきたのは「業務過多」という声でした。

「当時は組織ごとの役割が不明瞭だったため、スタッフそれぞれが『あれもこれもやらなければ』の多忙な状態でした。そこで、業務を明確に分担することにしました」

例えば「受付」業務一つに、「医療コンシェルジュ」と「医療秘書」というポジションを新設。医療コンシェルジュは患者さんへのおもてなし業務、医療秘書は医師まわりの業務といった形で、曖昧になっていた「受付」業務の境を設けました。必要であれば新たに人の採用も行い、それぞれの業務に対する役割やミッションを明確に定めたのです。

「業務範囲が明確になることで、スタッフそれぞれが自分の裁量でできることをしようします。例えばルームアテンダントスタッフから『このアメニティに変更した方が良いのでは?』のようなこれまではなかった自律的な改善案が上がってくるようになりました」

「見える化」を意識し、組織が変わっていることをアピール

そんな組織の変化を順調に浸透させるためにはどんな工夫があったのでしょうか。

「ここで意識したのは、変わろうとしていること・変わっていることを『見える化』すること。これまではカンファレンスで全てのことが決まり、組織運営に関わる意思決定の過程が見えず、スタッフの不満がたまりやすかったのかなと思います。若手スタッフの意見を吸い上げる中でも、『情報共有不足』という声はよく上がってきていました。『知らない』『知らされていない』ということが、働くモチベーションへも大きく影響するのだと知りました」

そこで同院では、新規導入したチャットツールを使い、見えづらかったカンファレンスでの検討事項を直接全スタッフに送信することで、「見える化」を実現しました。そうすることでどんな議論がされたのか、自分たちが要望したことは議論されたのかが見え、組織が変わっていくことを伝えるように努めたのです。

スタッフから上がってきた「アメニティの変更」のような小さな改善案の採用はもちろん、「ハイリスクな症例やNICU(新生児集中治療管理室)についても学びたい」というスタッフの声に応えるため、スキルアップ支援にも力を入れ、アドバンス助産師や専門領域を学ぶ際の研修費用の助成や大学病院との交換研修制度を確立するなど、「声を上げれば変わる」ことを実感してもらいました。

他にも、「見える化」の取り組みとして、全スタッフの投票によって選ばれる表彰会も実施しました。

「個人部門の表彰は病棟クラークのスタッフが受賞しました。彼女は、コロナ禍初期のマスクが品薄になるタイミングを見越して、先んじて発注をしてくれていたので、在庫がなくならずに済んだのです。
こうした表彰会を通して、スタッフの普段見えづらい努力を『見える化』することはとても大切だと感じています」

離職率の改善だけでなく、スタッフの自律やサービス品質向上も

こうした取り組みの成果が少しずつ実り始め、新入職スタッフのほとんどが1年以内に退職していた状況から、現在では大幅に改善しました。加えて、予想していなかった副産物もありました。

「業務過多を解消するための役割分担によって、患者さんに提供するサービスに一貫性がなくなってしまうかも、という懸念がありました。実際は逆で、サービス品質の向上にもつながったのです」

各スタッフの業務範囲が決まり、個々のホスピタリティが上がったことで、患者さんからも「どのスタッフの対応もすばらしい」といった声をいただくようになりました。

東野産婦人科医院

「出産後に復帰できない」「休日出勤が多い」。そんな不満の種をなくすだけではなく、「自分の仕事を評価してくれる人がいる」「周りに感謝される」といった仕事の満足につながるものを増やしていく。その2つのバランスがとれてこそ、組織は健全に機能する。
東野産婦人科医院の事例からは、従業員の不満を取り除くのと同時に、仕事に対する従業員の納得感や満足感を増やす取り組みも大事だということを学ぶことができます。

“女性の一生に寄り添う”という同院の理念は、決して患者さんのみに向けられたものではなく、そこで働くスタッフへの寄り添いも含まれているのでしょう。

「働きやすさや福利厚生は整備したはずなのに、離職していく従業員が減らない」。
そんな課題をお持ちであれば、ぜひ本事例を参考に、従業員の満足につながる取り組みができているか、今一度見直してみるのはいかがでしょう。