人材活用事例 「わが社の"いいね!"」
2022年05月31日
多様な人材の「戦力化」によって採用難を克服する取組み ~就労支援機関との連携事例を通じて~
今回クローズアップする人材活用の事例は、「デジタルハーツプラス」
人手不足が深刻化する中、就職氷河期世代など、様々な事情で就労困難な状況にある人材の育成や活躍に関心が高まっています。今回ご紹介する株式会社デジタルハーツプラスでは、未経験者や就労困難者の採用・育成を通じてサイバーセキュリティ人材を獲得しています。人材確保が難しい領域でどのような取組みをしているのか、人材発掘・育成のポイントについて取材しました。
- ● 社名/株式会社デジタルハーツプラス
- ● 創業/2019年
- ● 事業/総合デバッグ・テストサービス、セキュリティ事業、一般事務業務
- ● 本社所在地/東京都新宿区西新宿三丁目20番2号 東京オペラシティビル41階
- ● 資本金/2,235万円
「デジタルハーツプラス」の事例から学ぶ人材活用のポイント
- 多様な人材の「戦力化」
- 未経験でもできる業務、向いている業務からキャリアアップを図る
- 一人ひとりの特性や不安に寄り添う個別面談
- 個人の特性や適性、不安を踏まえて業務を割り当てる
- 就労支援機関と連携して人材を発掘
- 「採用」ではなく「働き続けてもらう」というゴールに向けて協働する
多様な人材の「戦力化」によってデジタル事業を拡大
デジタルハーツプラスは、ソフトウエアの不具合を発見するデバッグ業務を得意とし、国内市場で圧倒的なシェアを誇るデジタルハーツグループの特例子会社です。
IT業界では今後人手不足の深刻化が予測されています。そのうち、巧妙なサイバー攻撃が増加するセキュリティ領域では、十分なセキュリティ人材の確保が難しく、社会的な課題となっています。
デジタルハーツプラスでは、「就労に困難を抱えている未経験の人材であっても、相応しいチャレンジの機会と環境さえ整えば才能を発揮できる」という考えのもと、個人の特性や適性を重視し、多様な未経験人材の「戦力化」を目標としています。
未経験でもサイバーセキュリティのプロになれる
サイバーセキュリティ業務と聞くと、あらゆるITの知見が求められ、ハードルが高い業務と思われがちですが、デジタルハーツプラスソーシャルファーム事業所所長の高橋潤さんは「必ずしもそうではありません」と言います。
「『サイバーセキュリティの業務の中でも、できるところから取り組んでいけば、未経験者でもスペシャリストになれる』という仮説を持っています。そのため、一人ひとりの特性にしっかり合った業務を割り当てられるよう、社員一人ひとりと定期的に面談を行っています。
デジタルハーツグループでは、サイバーセキュリティの知識がないスタッフを対象に、できるところから段階的にスキルアップする方法で人材育成に臨みました。その結果、約3年間で20名がサイバーセキュリティの国家資格『情報処理安全確保支援士』を取得でき、仮説が確信に近づきました。そこで、体調や家庭の事情など就労に困難を抱えている人たちがそれぞれの特性を生かし、セキュリティ人材として活躍できる場として、デジタルハーツプラスに新しくソーシャルファーム事業所INNOVA初台(いのーばはつだい)を設立したのです」
就労支援機関と連携した人材発掘の取組み
2021年、デジタルハーツグループは、若者の就労支援を行うNPO法人育て上げネット(以下、育て上げネット)と連携し、オンライン支援プログラム(R-PAC)でサイバーセキュリティの基礎講座を提供しました。
R-PACは、ICTスキル習得を目的とした支援プログラムで、2021年8月、11月の2期に分けて開催されました。サイバーセキュリティだけでなく、WordやExcel、PowerPointなどの基礎的なビジネスツール、履歴書・職務経歴書の作成のポイント、就職面接での心得など様々な講座がオンライン形式で提供されました。また、個々人の状況に沿った就職相談支援や、12月にはデジタル関連企業による合同説明会も実施しています。
知識や経験ではなく「取り組む意欲」を見る
サイバーセキュリティ講座は、講師がeラーニングの動画コンテンツを解説するウェビナー形式で実施されました。基礎的な専門知識だけでなく、その知識を正しく活用するというサイバーセキュリティ人材として大切な倫理観も意識しながら学ぶ内容になっています。
講座自体は基礎編と応用編の2段階になっており、応用編を受講するには、基礎編を受講した後に確認テストに合格する必要があります。
「確認テストは、基礎編の講義内容を再確認する程度の内容です。点数ではなく取り組む意欲を確認する目的で、合格するまで何度も受けることができる形式にしました」と高橋さん。
応用編修了者はデジタルハーツプラスでのインターンシップに応募でき、書類選考を経て選ばれたインターンシップ参加者は、仮想のウェブサイトを使って実際の業務を模擬的に体験しました。
個別面談で特性や不安を丁寧にヒアリング
サイバーセキュリティについて学び、体験したとはいえ、特に就労が困難な状況にあった人は、「自分に合った業務や働き方か」「未経験の仕事でもやっていけるか」など不安を抱えているかもしれません。
「個別面談では、仕事がしやすい働き方や得意な作業を確認しています。例えば、コミュニケーションが苦手でも他に向いている業務は何かしらありますし、グループ会社と連携した業務の中で本人に適した業務に参加してもらうこともあります。その中でこれまでの経験やスキルを生かしてキャリアアップを目指し、デジタルハーツプラスからグループ会社に転籍してより高度な業務に関わる道も示します。
また、長く活躍してもらうために、体調不安など個人が抱えている事情とその対策方法なども細かくヒアリングしています。こうした面談はこれからも定期的に実施していきたいと考えています」と高橋さんは言います。
社員一人ひとりの特性に合わせたフォロー
R-PAC第1期に参加してデジタルハーツプラスに入社した山田さん(仮名)に、入社までの経緯と入社後の印象を伺いました。
「うつ病の症状が落ち着いたため、安定して長く働きたいと思っていたところ、R-PACの受講がきっかけで入社に至りました。入社直後に一度体調を崩してしまったのですが、面談で業務の割り当てを変更してもらったことで継続して働くことができています。今は直近で社内研修を受けた経験を基に、研修コンテンツの制作などを担当しています。
職場には同じような境遇の同僚もいるため、それぞれが抱えている事情について理解が得やすく、『安心して長く働ける』職場だと感じています」
1週間のインターンシップを通じた入社後ギャップの解消
佐藤さん(仮名)は、前職のSEの仕事を退職後、新型コロナウィルスの感染拡大で就職活動が思うように進められないでいたところ、オンラインで受講できるR-PACを知り、第2期に参加しました。
「体調が回復しはじめて、短時間なら働けそうと思っていたところ、R-PAC講座の際に短時間勤務やリモート勤務が可能と知り応募しました。R-PACのサイバーセキュリティ講座からインターンシップ、入社時研修まで学習内容が一貫していたので理解がはかどりました。また、インターンシップや研修を通じて会社の雰囲気を事前に知ることができたので、入社後も大きなギャップはなく、長く働いていけそうと感じています」(佐藤さん)
「明確に意図してはいないものの、ワークショップなどの時間が、応募者からも『一緒に長く働けるか』を見極めてもらう機会になっているように思います」(高橋さん)
就労困難者の就労にはゴールの明示が重要
育て上げネット理事長の工藤さんは、「就労困難者には、境遇や抱えている悩みなど個人に合わせた伴走型の支援はもちろんのこと、ゴールの明示が重要」と言います。
今回のR-PACの取組みは、当初50名程度の参加者を見込んでいたところ、第1期は約300名、第2期は約1,000名と予想を大きく上回る結果となりました。
「これだけの人が参加してくれたのは、IT研修を受けてIT人材として活躍するという明確なゴールを示したことが、モチベーションになったからではないかと捉えています」
企業にとって、ゴールは「採用」ではなく「働き続けてもらうこと」です。人材の発掘からゴールを目指すには、経験やスキルではなく「取り組む意欲」を重視し、一人ひとりの特性や適性に合わせて業務を割り当て、キャリアアップを図ることがポイントです。
R-PACのように、ゴールを共有できる支援機関と協働することも選択肢の一つと言えそうです。