人材活用事例 「わが社の"いいね!"」

2013年11月19日

#小売業

コンビニが常連客との関係を深めた、その名も「三河屋プロジェクト」

今回クローズアップするのは「株式会社 Fusion'z」

真新しいオフィスビルが立ち並ぶ、品川駅東口の再開発エリア。その一角にある「ローソン品川グランパサージュ店」を舞台に取り組み中の「三河屋プロジェクト」が、注目すべき成果を上げている。

  • ● 社名/株式会社 Fusion'z
  • ● 株式会社ローソンのフランチャイジーとして、新潟県・埼玉県・東京都・神奈川県に計32店舗を展開
  • ● 設立/2004年11月
  • ● 代表者/佐藤 洋彰
  • ● 本社所在地/新潟県新潟市中央区長潟570番地 HARD OFF ECOスタジアム内
  • ● 資本金/1,000万円
  • ● 従業員数/440名 (2013年3月末日現在)
  • ● 年商/50億円(2013年3月期)

「コンビニとしてもっと顧客に近づく必要がある」

長寿テレビアニメ「サザエさん」に登場する「三河屋」のサブちゃんは、磯野家の醤油が切れる頃合いを見計らって「コンチワー、醤油持ってきましたぁ~」と勝手口に現れる。「あらー、なくなりそうって思ってたところなのよ~」とフネさんやサザエさんが応じるシーンを見たことがある人も多いに違いない。
「最強の小売業のあり方だと思っていました」と語るのは、株式会社フュージョンズ取締役の坂元恵介さん。同社は、本社を置く新潟県および1都3県でローソンを32店舗(2013年9月現在)展開する、No.1フランチャイジーである。
ビジネスのあり方が「プロダクトアウト」から「マーケットイン」へという流れにあるなか、坂元さんら経営層は「コンビニとしてももっと顧客に近づく必要があるのではないか」という問題意識を感じていた。
「コンビニは時間帯別の陳列など店舗という箱の中のことについては極めて高度、かつ精緻にノウハウを突き詰めています。しかし、それに比べて"外に向かってアプローチする"ということは、あまりやってこなかったのです。そこで、新しいチャレンジとして"得意客づくり"に取り組むことにしました」

得意客が10件もの予約注文を取ってきてくれる加盟店

コンビニのクルー(店員)をサブちゃんに変えるという主旨から「三河屋プロジェクト」と名付け、週1回の勉強会を9カ月間重ねながら、坂元さんらは営業改革の作戦を練り上げていった。
このプロジェクトには、モデルがあった。接客経験が豊富なオーナーが経営する静岡県のある加盟店は、クルーが来店する得意客をファーストネームで呼ぶほどの親しい関係を築いていた。極めつけは、販売キャンペーンへの協力である。坂元さんは次のように言う。
「クリスマスケーキやボジョレーヌーヴォーの予約キャンペーンの時、得意客がその職場などで10件もの予約注文を取ってきてくれたりするのです。これだ、と思いました」
弁当のような廃棄リスクのある商材と違い、予約ものは確実な利益が見込める。「得意客づくりの"果実"はこういうところに現れる」と坂元さんは意を強くした。

「Ponta」カードの活用を「三河屋プロジェクト」のKPIに

では、得意客づくりの入り口をどう設けるか。そこで坂元さんらが着目したのが「Ponta」カードである。コンビニエンスストア各社はポイントカードで顧客の囲い込みを図っている。ローソンの「Ponta」は5000万枚以上が発行されており、この会員は固定客、と定義できる。
「Ponta」のポイントは、通貨として使う場合と、店頭端末「Loppi」で商品券に交換する2通りの利用法がある。例えば30ポイントは通貨としては30円に相当するが、商品券の場合は120円分の商品に引き換えることができるなど、おトクな場合が多い。その差額分は販売促進を図るメーカーなどが負担しているので、販売店の負担にもならない。そこで、この引換金額を固定客との関係深度を測る「三河屋プロジェクト」のKPI(指標)とすることにした。

アルバイトクルーの約7割を外国人留学生が占める"最難関店"

「Ponta」カードには、店側には別のメリットもある。カード裏面に名前を書くようになっているので、使用時に裏返して名前を確認できることだ。
「この時に顔と名前を一致させることで、そのお客様の次回来店時に名前で呼ぶことができます。人は、よく利用する店で名前を覚えてもらうことは『自分はプレミアムな存在』と思えて気持ちのいいものです」(坂元さん)
こうした戦略を、まずはどこの店で実施するか。坂元さんらが選んだのは「品川グランパサージュ店」。その理由は、30店舗ほどの中で最も「三河屋プロジェクト」の実践が困難であると思われたからだ。アルバイトクルー12名中、日本に留学している外国人学生が8人を占め、かつ来店客には大手外資系企業などの外国人社員も多い。店の売上高はベスト5に入るほど多い一方、客単価は低いので高回転で非常に忙しい。「ここで成功すれば、どの店でも成功できると(笑)。さっそく始めることにしました」。2011年7月のことである。

着任したばかりの店長は「気が重くなりました」

「最初に坂元さんから話を聞いた時は、無理だと思いました。気が重くなりましたね」
そう語るのは、当時「品川グランパサージュ店」に店長として着任したばかりの片桐健志さん。クルーとまだ信頼関係が築けておらず、ただでさえ忙しいのにそんな時間や手間をかけていられない、というわけだ。しかし会社の方針としてやらないわけにはいかない。そんな気分でスタートさせたところ、当然のようにうまくはいかなかった。12名のアルバイトクルーの内訳は、ベトナムや中国、ミャンマーからの留学生8名のほか、50代、30 代、20代、10代の日本人4名。70%ほどは、入店間もない新人であった。
「言葉で分かっていても、異文化を理解することはなかなか難しいようで、当初は、説明しても聞き流されているような状態でした。それでも粘り強くやってほしいとお願いし自分が率先垂範していきました」

"NO.1店長"の自負で「あきらめてたまるか!」

片桐さんは、ヘルプで入っていたもう一人の社員に協力してもらい、クルーを紹介する店内ポスターや名札を作成。出身国や趣味などを書いて、来店客とのコミュニケーションの一助にする工夫をした。そして、クルーとともに「Ponta」カード利用者には商品引き換えの案内、未利用者には加入案内を進めていった。
「それでも案の定、忙しいお客さまは話しかけられても迷惑、という表情を見せる方もいて、なかなか軌道には乗りませんでした。最初の1カ月はとてもしんどかったですね」
挫折しかかっていた片桐さんに、坂元さんは「ここで成功させられれば、フュージョンズとしてアジアに進出できるきっかけができる。がんばろう」と説く。
「ここであきらめては坂元さんに迷惑をかけることになる。仕方ない、腹をくくろうと思いました(笑)。坂元さんには『結果は期待しないでください』と言いましたが、自分はフュージョンズでNo.1の店長と勝手に思っていました。あきらめてたまるかと思いましたね」

モデル加盟店のノウハウを実践するとともにクルーに発注を任せて仕事の面白さを

坂元さんの指示で、片桐さんはモデルとなった静岡のローソン加盟店に研修に行き、ノウハウを仕込む。そのポイントは次の6つだった。①アイコンタクト②「いらっしゃいませ」などの声掛け(朝は「行ってらっしゃいませ」、夜は「お疲れさまです」を加える)③笑顔④みだしなみ⑤声のトーン⑥お辞儀
「店のミーティングで、これらの徹底と、自分の『店をこう変えたい』という思いを繰り返し繰り返し伝えていきました」。片桐さんは、クルー全員と懇親会も行った。
2カ月もすると、店が変わってきた。それまでは片桐さんとヘルプ社員で手づくりしていたPOP作成にクルーが協力するようになるなど、主体的な言動が増えていったのである。
「棚の担当を決め、発注を任せることにしたのです。すると、ビジネスの面白さを理解してもらえたようです。うちのクルーは、そもそも勉強熱心で好奇心旺盛なメンバーが多い。理解できさえすれば動けるのです」
50代の日本人クルーは、熟練した仕事ぶりを若いスタッフに教えるようにもなった。

KPIの「Ponta」ポイントの引き換えが50~100倍増加

「三河屋プロジェクト」を始めてから、最後までオープンになれなかった30代の日本人クルーは半年後に辞めていったものの、それ以外のクルーはその後1年間、1人も辞めていない。
「入れ替わりの激しいコンビニで、年間定着率100%は奇跡的」と坂元さんは言う。
もう一つ、奇跡的なことが起きた。「三河屋プロジェクト」のKPIである「Ponta」ポイントの引き換えが、プロジェクト以前の月1~2件から100件ほどにまで激増したのである。
「クルーがお客さまから『今度仕事でベトナムに行くよ』などと話しかけられるようになりました。その頃には、それぞれが20~30人は名前で話しかけられる得意客を持つようになっていましたね。『○○さん、いつもありがとうございます!』という声がとても増えました(笑)」と片桐さんは目を細める。

プロジェクトで苦労したからこそ一つになれた片桐さんに、あらためて成功要因を聞いた

「まず、自分が『仕事ができる店長』として見てもらえるよう努力しました。その方がクルーがついてきてくれますからね。そして、ミーティングで繰り返し自分の思いを語り続けました。外国人クルーには、日本人のように遠慮せずはっきりと『君は仕事ができていない。どうすればできるか考えよう』と率直なコミュニケーションを心がけました。彼らは日本で就職したいと考えています。ならば、日本流の『おもてなし』を身につければ絶対に役に立つ、と説きました。少数の日本人クルーは、自然と外国人クルーに溶け込んでくれるようになりましたね」
ローソン品川グランパサージュ店は、「三河屋プロジェクト」で苦労したからこそ、一つになれたのである。

「株式会社フュージョンズ・三河屋プロジェクト」から読みとれる人材マネジメントのポイント

● 施策は、実施が最も困難な拠点でチャレンジする
● 施策のキーマンにふさわしい人材をアサインする
● ロールモデルを見つけておく
● 経営サイドはキーマンを信頼して見守り、わきまえたフォローを